【コラム】関税交渉を妥結させるも懸念が残る「Transshipping」

2025.08.04 インドネシア ベトナム フィリピン

 前回のコラムで触れたASEANにおける米国の「相互関税」の動向はこの2か月で目まぐるしく変化した。7月2日にベトナムが米国との交渉を妥結させた。その最初の一報はトランプ大統領のSNSで発信され、ベトナムに対する関税率を原則20%にすると述べ、4月2日発表時の46%から大幅に引き下げる形となった。さらにトランプ氏は、ベトナムは米国からの輸入品を無関税にすると述べ、「米国に市場を解放した」と成果を強調した。また中国を意識した迂回輸出(Transshipping)については、40%の関税をかけることで合意したと述べた。ベトナム政府も公式ウェブサイトで合意について発表したが、「両首脳は、両国の公正でバランスのとれた互恵貿易協定に関する共同声明に達したことを歓迎した」にとどめ、具体的な関税率については言及しなかった。その一方で、以前から要求しているベトナムの市場経済国の認定について米国側に認定を促したことについて言及した。
 続いてインドネシアが交渉を妥結させた。再びトランプ氏のSNSで発表され、米国のインドネシアに対する関税率を19%とし、32%から引き下げた代わりに、インドネシアにおける米国からの輸入については無関税にすると述べた。トランプ氏は「史上初めて、米国は 2.8 億人を超えるインドネシア市場への全面的な市場アクセスを得る」と言及しており、自国の農業や漁業従事者にとって吉報であることを強調した。その一方でトランプ氏は、「より高い関税国からの積み替えがある場合、その関税はインドネシアに追加される」とも述べており、迂回輸出対策だと見られる。ただし今回も迂回輸出の定義などについては触れていなかった。
 さらに7月22日、フィリピンのマルコス大統領が訪米し、トランプ氏と会談した結果、交渉を妥結させた。その結果、米国がフィリピンに対する関税率を原則19%にする一方で、米国からフィリピンへの輸出については無関税にすると述べた。フィリピンにとっては20%からわずか1%の引き下げではあったが、トランプ氏は「軍事面でも協力をしていく」とも述べており、安全保障での成果は大きかったかもしれない。
 関税ルールの詳細については今後、設定されると思われるが不明確な点が多い。6月上旬に行われた米国とベトナムとの交渉において、ベトナム側は原産地証明に基づき実用的でグローバルなサプライチェーンに適した仕組みを作りたいとの考えを示した。まさにこの実用的でグローバルなサプライチェーンに適した仕組みがどのようなものになるのかがポイントであり、それ次第で調達先の変更、価格転嫁、物流の遅延など、生産や貿易の現場において混乱が生じる可能性が高い。特に「迂回貿易」対策として 40%の関税がかかるとトランプ氏はベトナムとの交渉妥結時に発表しているが、何をもって迂回輸出になるのか、単なる積み替えだけを定義するのか、それとも中国産の部品や原材料を扱っただけでも該当するのか、本稿執筆時(7月末)では不明瞭である。仮に何かしらのルールが制定された場合でも、それらに対する証明や検査といった運用面での混乱も予想される。中国産の部品や原材料を扱う在ASEAN日系企業も多く、引き続き大きな懸念事項となるだろう。

以上

株式会社双日総合研究所
情報調査室調査グループ
阿部智史

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