【コラム】関税ラプソディ ~言いたいことも言えないこんな条項じゃ~

2026.02.16 インドネシア ベトナム タイ フィリピン

 前回コラムで触れた通り、2025年のASEANは、米国の保護主義的な通商政策、とりわけ「相互関税」に大きく振り回された一年であった。4月2日に発表された関税率では、ベトナム46%、タイ36%、インドネシア32%、マレーシア24%、フィリピン17%という、地域にとって想定を大きく上回る高関税が提示され、ASEAN諸国は米国との交渉において市場開放と貿易不均衡の是正を強烈に迫られることとなった。
 その後の二国間協議を通じて最終的には19〜20%の関税に着地したものの、その裏側では、米国との間で相互貿易協定の締結が各国に求められ、実務レベルの交渉が現在も続いている。マレーシアはASEANの中で最も早く10月末に協定に署名したが、その協定には、「米国の利益を損なう第三国との協定を結んだ場合、米国側が一方的に協定を破棄できる」、いわゆる『ポイズンピル条項』が盛り込まれた。これは言うまでもなく中国を意識したものであり、米国のASEANに対する圧力の根強さとASEANの苦しい立場を象徴していると言える。
 一方で、この「相互関税」は意図せざる影響も生んだ。高関税適用前の「駆け込み輸出」である。米国向け需要が急増したことで、ASEAN全体の対米輸出は前年を大幅に上回り、特にベトナム、タイ、マレーシアが地域全体の輸出拡大を牽引した。本来、駆け込み輸出はしばしば「需要の先食い」と捉えられ、反動減が懸念される。しかし、2025年の通年データを見る限り、輸出は多くの国で高水準を維持した。
 なかでも域内最大の対米輸出国であるベトナムは、2025年の対米輸出総額が1,531億USDと過去最高を更新し、米国にとっての貿易赤字も前年から28.2%増の1,338億USDへ拡大した。「米国の巨額かつ恒常的な財貿易赤字に寄与する貿易慣行を是正する」として導入された相互関税は、皮肉にも米国の貿易赤字をより一層拡大させる結果となったのである。もっとも、これは2025年という特殊な単年要因によるものであり、2026年には反動減が生じるとの見方も根強い。実際、伸び率を見ると2025年8月に一時的な落ち込みがあり、その後年末にかけて回復したとはいえ、今年も引き続き動向を注視する必要がある。

(CEICより双日総合研究所作成)

 さらに、1月26日にはトランプ大統領が「韓国議会は米国との協定を守っていない」と公然と批判し、韓国への相互関税および分野別関税を15%から25%へ引き上げると表明した。この出来事は、ASEANにとって決して対岸の火事ではない。予見可能性の低さこそがトランプ氏の政治スタイルであり、2025年に積み上がった貿易赤字を理由に、ASEAN主要国に対する関税率を再び引き上げる可能性は十分にある。ASEANにとって米国との関係は、依然として不安定要因を孕む構造であることを痛感させる出来事となった。ASEANにとって2026年は、米国の動向を見極めながら、自らの通商戦略を再定義する正念場となるだろう。

以上
株式会社双日総合研究所
情報調査室調査グループ
阿部智史

 

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