【コラム】揺れる東南アジア:地政学的リスクの高まり

2025.12.15 インドネシア ベトナム タイ フィリピン

 2025年も残りわずかとなった。今年は、米国でトランプ政権が再び誕生し、ASEAN諸国にとって米国の保護主義に翻弄された一年であった。前回のトランプ政権下での経験から、貿易赤字是正を掲げる保護主義的政策の矛先は中国に向けられると考えていた向きがあったかもしれない。米中対立の激化によってサプライチェーン再編など「漁夫の利」を得たASEAN諸国があったことから、今回も同様の恩恵を期待する声すらあった。しかし、現実は期待とは裏腹であった。4月2日に発表された「相互関税」では、ベトナム46%、タイ36%、インドネシア32%と、主要国に高関税が課された。ASEAN諸国は市場開放と貿易赤字是正を迫られる厳しい交渉に追い込まれたのである。最終的に合意にはこぎつけたものの、迂回貿易対策やレアアースなど経済安全保障分野での協力といった内容も含まれ、合意の片務的性格に対する批判は根強い。
 一方で、中国はASEANへの経済的関与を一層強化している。電気自動車(EV)などの分野で投資を加速させ、地域における経済的プレゼンスを高めている。貿易についても、中国の対ASEAN輸出は対米を上回った。こうした中、ASEAN諸国は中立的な立場の維持に苦慮している。米中いずれかに偏ることなくバランスを取ろうとする一方で、南シナ海をめぐる安全保障上の緊張や、経済連携を強いる動きも高まり、選択の圧力が強まっている。

出所:CEICより双日総合研究所が作成

 その一方で、2025年のASEAN諸国は外ばかりに目を向けてはいられなかった。ミャンマーが内戦状態にあることは周知の通りだが、その他の国でも内政不安や近隣国との緊張が高まった年であった。例えば、5月にはタイとカンボジアの間で国境未画定の係争地をめぐり衝突が発生。10月26日、トランプ大統領立ち合いの下で両国は和平合意を結んだものの、その後も衝突は収まらず、ASEANの結束に影響を与える事態となった。さらに、この対応をめぐりタイのペートンタン首相は批判を浴び、8月に失職。後任のアヌティン氏は早期解散を予定しており、タイでは不安定な政局が続いている。インドネシアやフィリピンでも反政府デモが活発化し、インドネシアのプラボウォ政権には「民主主義の後退」が加速しているとの批判が強まっている。フィリピンでは洪水対策事業の巨額汚職疑惑をきっかけに、9月以降マニラで大規模のデモが続発した。
 2025年は、ASEANの地政学的リスクが一段と高まった年である。こうしたリスクは、日系企業に次のような影響を及ぼしている。第一に、各国での政情不安が投資判断を躊躇させ、事業継続の不確実性を高めている。選挙や政権交代をめぐる混乱、治安の悪化は企業活動に直接的な影響を及ぼしかねない。第二に、米中対立の長期化によりサプライチェーンの分断が進み、調達や生産体制の見直しを迫られている。特定地域への依存から、より柔軟で分散型の対応が求められる。第三に、政治・経済の不安定化は現地の消費マインドや雇用情勢に悪影響を及ぼし、急激な為替変動やインフレ圧力のリスクも高まっている。第四に、南シナ海や台湾周辺の軍事的緊張が高まれば、海上輸送ルートの不安定化により物流の遅延やコスト増加が避けられない。そして第五に、中国の政治的・経済的影響力がASEAN域内で一層強まる中、日本企業の相対的なプレゼンス低下が懸念される。現地政府との関係構築やブランド認知の面で競争環境は一段と厳しくなる。
 こうしたリスクに対応するためには、物流代替ルートの確保、BCP(事業継続計画)の再構築、現地市場戦略の見直しなど、総合的なリスク管理が不可欠である。不確実性が高まる東南アジアで、日系企業が持続的に成長するためには、リスクを正確に分析し、柔軟に対応する力が問われている。

以上
株式会社双日総合研究所
情報調査室調査グループ
阿部智史

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