【コラム】激化する人材獲得競争

2026.10.15 タイ フィリピン インドネシア ベトナム

米中対立の長期化やサプライチェーン再編を背景に、ASEANへの投資が活発化している。日本企業による「チャイナプラスワン」の動きに加え、近年は中国企業による投資拡大も目立つ。EV・電池や電子部品などの製造業に加え、デジタルサービス分野でも投資が拡大しており、ASEANは世界の製造・消費市場として存在感を高めている。
こうした投資拡大は、雇用創出や産業高度化をもたらす一方で、人材市場にも変化を生み出している。ASEANへの進出を語る際、「豊富な労働力」は長年にわたり大きな魅力の一つとされてきた。実際、一部の国では若年人口が多く、人材供給力は依然として高く、少子高齢化が進む国であっても日本と比べれば労働人口はまだ若い。しかし、企業が求める人材の中身は変化している。各国で産業高度化が進むなか、労働力全体は豊富であっても、高度な知識や経験を持つ人材は必ずしも十分ではない。企業が必要としているのは単純な労働力だけではなく、生産管理や品質管理を担う人材、エンジニア、デジタル人材、さらには現地法人の成長を支える管理職人材であり、こうした人材への需要が高まっている。
そのなかで存在感を高めているのが中国企業である。近年、中国企業はASEANへの投資を加速させている。ASEAN各国にとっては、雇用や投資を呼び込む重要な存在であり、産業発展を支える原動力の一つとなっている。
一方で、中国企業の増加は人材市場にも変化をもたらしている。従来、日系企業にとってASEANでの人材獲得競争は、日系企業同士に加え、欧米企業や韓国企業との競争として語られることが多かった。しかし現在は、そこに中国企業が加わり、人材需要が一段と拡大している。特に経験を積んだエンジニアや管理職層、多言語で業務を遂行できる人材などへの需要は高まっている。中国企業との競争は、製品市場や投資の場だけでなく、人材市場にも広がっているのである。
こうしたなか、企業にとっては採用だけでなく定着の重要性も高まっている。人材獲得競争が激しくなるほど、優秀な人材には多くの選択肢が生まれる。給与や待遇はもちろん重要だが、それだけで差別化することは難しい。従業員が会社の方向性に共感し、自らの成長や貢献を実感できる環境を整えられるか。いわゆるエンゲージメントの向上も、人材市場における競争力を左右する要素となりつつある。
近年のASEANへの投資拡大を語る際、注目は工場建設やサプライチェーン再編に集まりがちである。しかし、その裏側では人材を巡る競争も進行している。中国企業を含む世界各国の企業がASEANへの投資を拡大するなか、人材は企業競争力を左右する重要な経営資源となっている。ASEANを巡る競争は、工場や設備への投資競争だけでなく、人材を巡る競争へと広がりつつある。
株式会社双日総合研究所
情報調査部
阿部智史
以上

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