【コラム】中東危機はASEANの暮らしにどこまで響くのか
2026.04.15 タイ フィリピン インドネシア ベトナム
2026 年 2 月末以降、イスラエル・米国とイランの間での軍事衝突が激化し、中東情勢は急速に不安定化している。原油価格の上昇や航空・海上輸送の混乱など、すでに市場には具体的な影響が表れており、本件は一過性の地域紛争にとどまらず、世界的な供給網や金融市場を揺さぶっている。こうした影響は、地理的には中東から距離のある ASEAN 諸国も例外ではない。ASEAN はエネルギー輸入への依存度が高い国が多く、また製造拠点・物流ハブとして世界経済と深く結びついている。
中東情勢の緊迫化は、原油価格高騰や物流混乱といった「分かりやすい経路」だけでなく、金融市場や物価、さらには家計消費を通じて、より静かにASEAN経済へ影響を及ぼす可能性がある。とりわけ注目されるのが、為替、インフレ、小売という日常生活に近い分野への波及である。
まず金融面では、地政学リスクの上昇を受けたリスク回避の動きから、国際金融市場では米ドルが選好されやすい局面が続いている。ASEAN主要国の通貨は対ドルで総じて下押し圧力を受けやすく、エネルギーや原材料をドル建てで輸入する国々にとっては、通貨安と資源高が同時進行する形となる。これは輸入物価を通じたインフレ圧力を高めやすい組み合わせだ。
実際、燃料価格の上昇は輸送費や生産コストを押し上げ、最終的には消費者物価に転嫁されやすい。なかでも食料品や生活必需品は、物価上昇が家計に直接感じられやすい分野である。過去の地政学リスク局面であった2022年のロシアによるウクライナ侵攻を振り返っても、燃料高や物流混乱を背景に食品インフレが顕在化・加速する傾向がみられており、今回も同様のリスクが懸念される。

こうした食品インフレは、小売や外食といった消費市場ビジネスに二重の難しさをもたらす。一方では、原材料費や輸送費等の上昇を受けて価格転嫁を迫られる。他方で、家計の実質購買力が低下すれば、値上げがそのまま需要減退につながりかねない。特に価格感応度の高い中間層・低所得層向け市場では、消費の「量」だけでなく「中身」が変化しやすく、消費の優先順位がシビアに見直される局面となる。
また、インフレ圧力が金融政策にも影響を与え得る点も留意が必要である。ASEAN各国は、これまでインフレ沈静化と景気下支えのバランスを取りながら政策運営を行ってきたが、燃料高を起点とするコストプッシュ型インフレが長期化すれば、利下げ余地が制約される可能性がある。金融環境の引き締まりは、結果として投資や消費の重荷となり得る。
このように中東情勢の悪化は、為替や物価を通じてASEANの家計の「体感」に近い部分へと波及する可能性がある。内需の底堅さを評価する際の前提条件は、確実に変化しつつある。エネルギーや物流の問題が、やがて金融・物価・消費という形で現れる点を、企業や政策当局は冷静に見極める必要があるだろう。
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株式会社双日総合研究所
情報調査部
阿部智史